「Nちゃんがチック症に」

平成24年7月11日

園庭の桜が満開の4月、4歳児の女の子「Nちゃん」が大阪から転園してきました。素材 桜.gifはじめは、新しい生活になじめず、夜泣きをしたり、担任の手を握って離さなかったりと不安な要素はたくさんありましたが、母親の仕事も決まった夏頃には、母と子の2人の生活に落ち着きを取り戻してきました。

ぽっちゃり体系のNちゃんは、運動がちょっと苦手でしたが、「竹馬をいっしょにしよう」「縄跳びかけっこをしよう」と友達に助けられ、順調に園生活を満喫していました。
入園して1年が過ぎました。5歳になって園生活に慣れてきた4月2日(月)の登園時、目を激しくチクチクするという、いわゆるチック症状を発見しました。

〔1日目〕
 そっと聞いてみたものの、本人は何も言いません。母親がお迎えに来た時に聞いてみると、土曜日に大阪に残してきた小学3年生のお兄ちゃんから便せん12枚の手紙が届いたとのこと。今まで一言も大阪のことを言葉にしなかったNちゃんが、せきを切ったように、「おにいちゃんに会いたい!お兄ちゃんに会いに行きたい!」と大声で一晩中泣き叫んだそうです。日曜日は、逆に無口・無表情で食欲もなく、じっとうずくまっていたそうです。「今朝になって目をチクチクしていることに気づいたので、眼科に行こうと思っています」とのこと。その時に、母親へのアドバイスを次のようにしました。
?同じ布団で、川の字になって寝ること。
?手をつなぐ、抱きしめる、いっしょにお風呂、髪をとかす等、スキンシップをすること。
?心療内科を受診すること。

Nちゃんをじっと見ていると、赤ちゃんと遊ぶ様子が見られます。まずは、Nちゃんの居場所づくりをしました。心がしんどい時は、元気な5歳児クラスがNちゃんには重荷なのかなと思い、赤ちゃんクラスの担任に「Nちゃん手伝って!ミルク飲ませて、お願いします」と誘ってもらい、Nちゃんがそこにいることのできる空間を作りました。Nちゃんの心を癒すには、赤ちゃんクラスは最適の場所でした。目をチクチクするチック症状を見守りつつ、全職員はこれでよいのかと不安感もありましたが、ユング心理学の山中康弘先生の「箱庭療法」という本で学んだ「自己治癒力」ということを信じて、園での実践を試みることにしました。

〔2日目〕
Nちゃんは、赤ちゃんクラスに1日入ったまま、時々5歳児クラスの担任の私の顔を見に来るのみでした。相変わらず、瞬きのチック症状が激しい様子。

〔3日目〕
Nちゃんは、赤ちゃんクラスに入りつつ、3度ほど5歳児クラスを見に来たものの、さっと赤ちゃんクラスへ行ってしまう状態。表情が暗く、チック症状も激しい様子でしたが、赤ちゃんのお世話をよくしていました。先生からほめられると、嬉しそうな表情を一時的に見せてくれました。

〔4日目〕
朝から「赤ちゃんのミルクにおむつしてあげなくっちゃね」とNちゃんは、意欲的でした。   赤ちゃんクラスにいて、自分より弱く、小さい子がいるところで自己治癒しているように見受けられました。「Nちゃん、赤ちゃんのお世話よろしくね。5歳児クラスには、いつでも帰ってきていいからね。待ってるよ。」とNちゃんには居場所があり、何時でも心から待っていることを伝えました。

〔5日目〕
Nちゃんは、赤ちゃんクラスへまっすぐ登園。「そこにいていいのよ」と言いつつも、本当にこれでいいのだろうかと私自身少々不安も出てきましたが、Nちゃんの張りつめた表情から少し柔らかみが感じられてきました。
*母親より
「手つなぎで寝ていますが、昨夜は夜泣きをしませんでした。でも寡黙です。」 

〔6日目〕
「赤ちゃん遊んであげてね、お願いねNちゃん」という言葉と「いつでも待ってるよ、いつまでも待ってるよ、ここにいてもいいんだよ」と認められると安心して赤ちゃんの部屋で過ごすNちゃん。今日は笑顔と笑い声が聞かれました。しかし、チック症状はまだまだ続いています。

〔7日目〕
かばんを持ったまま、Nちゃんは赤ちゃんクラスへ登園。絵本を読んであげたり、トイレに連れて行ったり、そして、おやつや食事の手伝いを積極的にしました。午後は、5歳児クラスで30分遊んでまた赤ちゃんクラスへ行きました。

〔8日目〕
久しぶりに5歳児クラスへ登園しました。チック症状はありました。創作童話「冬の間 北風や冷たい雪から花芽の赤ちゃん守った桜の木さんの話」を聴いた後、園庭の桜の木の所へ“ほめごっこ”をして遊びました。10分過ぎ、「赤ちゃん遊んであげたい!」と赤ちゃんクラスへ行きました。私は、がっくりしつつも見守りました。
他の5歳児が、「私たちも赤ちゃんのお世話したい」言うので、全員で赤ちゃんの午後の着替えなどを手伝いに行きました。「助かった!今日は全員来てくれてありがとう。小さいお友達は、Nちゃんのこと大好きなのよ。」と赤ちゃんクラスの担任が言うと、Nちゃんは、少し得意げな表情をしたような気がしました。

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〔9日目〕
赤ちゃんクラス登園のNちゃんを5歳児クラスへ呼んで、創作童話「僕(桜の木)、満開だよ!お友達見に来ないかな?」全員で、須賀神社の桜の花を見に行きました。神社に着くと、なんと桜の花は満開で、モンシロチョウやアゲハチョウ、しじみチョウなどが乱舞していました。こんな光景は、私自身も初めてでした。子ども達は嬉しくて大騒ぎ、歓声をあげて遊びました。帰園後、さっき見た感動をすぐに絵にしました。Nちゃんは、画面いっぱいに満開の桜とまわりを舞う蝶々を描きました。一生懸命に40分かけて仕上げて、「出来たよ」とNちゃん。「Nちゃん 世界1等賞だね。赤ちゃんにも見せてあげてよ」と言うと、急いで赤ちゃんたちに絵を見せに行きました。

〔10日目〕
5歳児クラスに普通通り登園しました。Nちゃんのチック症状はでていませんでした。

その後、元気になったNちゃんは、時々赤ちゃんクラスに行くものの、「また来るからね。お姉ちゃん忙しいのよ」と、自分の居場所は5歳児クラスということを赤ちゃんに話しかけていました。元気になると赤ちゃんと遊ぶことは物足りなくなり、5歳児本来の勢いが見られるようになりました。
こうして、Nちゃんは5歳児クラスに戻ることができ、チック症状も出なくなりました。病んだNちゃんの心は、元気いっぱいの5歳児クラスでは、息切れし、潰れてしまったかもしれません。でも、自分を必要とする赤ちゃんクラスの中で、弱った心が癒されていったのではないでしょうか。職員全員が自己治癒力を信じたこと、Nちゃんの居場所作りをしたことがよかったと思います。
Nちゃんは、今現在、看護師になっています。小児科病棟にて活躍しているようです。

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