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第1回 異国に嫁いだ嫁〜同居ノイローゼ・育児ノイローゼ10年〜 

2008年09月03日

 8月のコラム担当野島さん、お疲れ様でした。とってもおもしろかったです。自分自身と照らし合わせてみて、まったく違う生活スタイルのあなたに興味がわいちゃいました。今月は3姉妹の母:親バカんなの母の担当です。

 このコラムを楽しみに読んでいただいている読者のみなさん、ほんとに申し訳ありません。私は幼いころから作文が苦手で、もう時効だろうと思いますので白状しますが、小学校4年生の時に書いた読書感想文「伝記:野口英世」を3年間使い回し(担任が異なっていたため、こういうことができた)した人間です。それぐらい文章を書くことが苦痛で、表現力が乏しくつたない文章しか書けません。そんな私がコラムを引き受けるということはかなりの挑戦です。言葉が足らず、行間にいろいろな思いが詰まってるコラムですが、全4回おつきあいくださいませ。

 一つ下の夫と職場結婚し、結婚と同時にバブル期に夫と義父が建てた大きな家に何の疑問を感じることなく夫の家族との同居生活が始まった。土建業を営む夫の両親、夫の祖父母(義母方)、義母の弟(未婚)、義妹。二人ですごす甘い新婚生活を経験することもなく、いきなり大家族の一員となった。対して私の実家はというと父、母、妹、の典型的なサラリーマンの核家族。住まいは、都会とまではいわないが、市内、空港、JRの駅にほど近く、便利なところにあった。そこから四方山で囲まれ、田んぼや畑が散在し、緑豊かで自然に恵まれ、四季を五感で感じられる町に移り住んだ。車がないと移動も厳しく、町に1つしかないスーパーまでも車で10分。また、回覧板を回そうにも隣の家まで歩いて10分はかかる家。さあ、どんな同居生活が始まったのかな?

 ・結婚式翌日の朝。同居生活初日なだけに私にはかなりの衝撃的な事件だった!ミニクロ事件
  義母に「ミニクロワッサンをトースターで焼いて食べなさい。」といわれるままに焼いてみた。一人暮らしの経験もあるのでトースターぐらいは使ったことがあったので、自分で焼いてみた。意外にも火力が強かったのか、時間が長すぎたのか、表面の砂糖のせいなのか、パンの表面が少々焦げついた。
  私は、食べられないことはないと食卓に運んだ。
すると、義母がつかつかとよってきてクロワッサンをみるやいなや 「こんな焦げたパンたべなさんな。貧乏くさい。」といって、私の「食べられますから」ということばは完全に無視され、ゴミ箱に捨てられてしまった???

 はじめ私は大事な、大事な、旦那様を産んで育ててくれた方々だから、うまくやっていけると思ってた。そんな考えは甘かったあ。涙あり、笑いなしの同居ノイローゼ。その中から今回、いまだに私の心の中で消化仕切れていない事件を、ミニクロ事件以外でいくつかを紹介したい。

 ・義母の運転で買い物に出かけた日のこと。買い物先で買ったバナナを車中で食べ始められた。食べた後の皮は、当然持ち帰るのであろうと思いきや、義母は当然のようにパワーウインドーを下げ、皮を車外へポイ。私はたまらず「あっ、持って帰ってください。」「こんなゴミはなんでも自然に返さないかん。」その後もガムやお菓子のゴミもポイ、ポイ、ポイ。信じられない?????

 ・食事のスタイルは地方によってそれぞれ異なる。しかし、箸をたてに置く習慣は日本全国見回ってみてもまれだろう。我が家の箸は、右側にたてに置いてあった。私にはなじみがなく、自分自身受け入 れることができず、何度も横に置き直してみた。しかし、業に入れば業に従えとでもいいたいのか、向きはたてに置き変えられた?????。

 ・我が家には台所に立てる人間が、義母、義妹、義祖母、と私。これだけいれば、私の出る幕はない。私も仕事を持っているので3人に任せて安心だと勘違いしていた。同居し始めて1ヶ月で気づいた。毎日肉料理の日々だった。唐揚げ、焼き肉、トンカツ、カレー、ハンバーグ、すきやき、もつ鍋、豚足、たまに刺身。そのメニューが順番に巡ってくる。肉がなかなかのどを通らない私は、仕事帰りにコンビニでサラダを食べる日々となる?????

 生活スタイルも経済観念もまったく違うところに長男の嫁として嫁いだ私は、まさしく異国に嫁いだ嫁だった(方言も難しかった)。同居生活で見せられる不可解?不愉快?な出来事にだんだんついて行けなくなったことは容易に想像がつくことでしょう。のどの奥に大きな石を抱えているような状態で、のどの奥がとっても重たかった。自分の思いをいえず、笑顔が消えていく自分。
  あげればきりがないほど、いろいろなエピソードが繰り広げられた。こんなこと箇条書きにしても嫌な思いは増すばかりとは思うけど、、、今回のコラム書きを最後に封印します。
  次回もまだまだあります。
                                 (親バカんなの母)

投稿者 Kosodate : 2008年09月03日 16:00

コメント

はじめまして〜私は本当に異国の地の嫁いだ者です。長男の嫁、同居も経験しましたよ〜
ノイローゼになるまで我慢してたんですか?おかしい、ヘン、こっちの方がいい、無理、ありえない・・・・って言っても相手に伝わらないんですか?
日本の嫁姑問題って大変ですね〜きっとお嫁さんが良い嫁過ぎるんでしょうか(私と違って・・・)?

投稿者 渡る異国は鬼ばかり!? : 2008年09月04日 03:30



はじめまして 親バカんなの母です。
コメントありがとうございます。気づいてなくて1週間もたってました。すみません。

私は、我慢し続けた結果病気なりました。
いいたいことがいえず、笑顔が消えていく日々でした。

毎日が苦痛で、家にいたくないという思いが募るばかりでした。

やっぱり長男の嫁は大変です。

うまくいってるおうちがホントうらやましかったです。

うちはうまくいくことがあり得なかったです。

今 別居できてほんと幸せです。

投稿者 親バカんなの母 : 2008年09月13日 22:07



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