第5回 怒りを増殖させないために

平成18年9月3日

 このところ最も身近で大切な筈の家族を、思春期の子どもが自らの手を下して死に至らしめるという痛ましいニュースが続きました。報道を通じて知る限り、その背景には怒りがあるようです。勉強について厳しく叱られた、冷たくされた、自分の意に反したことをされた、といった動機が語られたと言います。確かにそのようなことがあれば、「ムカつく」というのはわからないではありませんが、だからといって直ちに家族を殺めてしまうというのはあまりに短絡的です。爆発した怒りは、決して今回語られたことによるものだけではなく、長年誰にも語られずに貯め込まれたものだと考えざるを得ません。

 両親への怒りから自宅に放火して弟を焼死させてしまった少年の通う学校の校長が「悩みがあれば担任に相談してくれれば良かったのに」とコメントしたとの新聞記事を読みましたが、それができなかったからこそ、このような痛ましい事態が生じてしまったのでしょう。

 ところで「死とその過程」についての実践と研究で著名なキューブラ・ロスは、人間の自然な感情は「恐怖、怒り、悲しみ、ねたみ、愛」の5つであると言っています。否定的な感情であっても自然に表現され、受け止められる限り、人は自ら立ち上がり回復することができる力を持っているのですが、多くの場合6歳頃までにはこれらの感情が不自然な形に歪められてしまうと指摘しています。大人は自分自身が辛いためにしばしば子どもが恐怖、怒り、悲しみ、妬みといった否定的な感情の表現を妨げてしまいます。結果としてそのような否定的な感情はこころの奥深くに封じこめられ、後の人生で否定的な出来事を体験するたびに増殖していくことになります。

 こうして増殖しマグマのように沸々とたぎっている否定的な感情は、思春期になってこころと身体のバランスが崩れる時期にちょっとしたきっかけで一挙に爆発・行動化してしまったと考えられます。
 「怒りの処理には15秒、ただ『嫌だ』と口に出せばよい」とは前述したロスの言葉です。子どもが安心して「嫌だ」と言えるためには、大人が少々のことには動じず、子どものありのままの表現を受け止める力を鍛える必要がありますね。

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