ふくおか子育てパーク

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2013年04月11日

第8話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜そして、これから〜

 今までつらつらと考え無しに書いてきた子育てコラムを、最後くらいは少し考えながら書こうとしたら、筆が全く進まず・・・私はやっぱり何も考えずに生きた方がスムーズにいくタイプかもしれません。というわけで、最後もやっぱりつらつら書きます。
 
 第1子をこんなに(毎日ヘロヘロだとしても)ゆるく育てることが出来るのは、私に子育ての予行演習をさせてくれた甥っ子のおかげです。2歳まで、とある理由から私の実家にいた彼は、それまで会話のなかったジジババに笑顔と話題を与え、家の中の雰囲気を明るくしてくれました。「子はかすがい」とはよく言ったもので、うちの場合は「孫は強力なかすがい」でした。本当に、我が家に天使が降りてきたと神様に感謝したものです。その甥っ子が2歳を過ぎた頃、保育園入園を機に両親の家に戻り、私は結婚し家を出たため、以前よりも会う回数が減りましたが、私に子どもが生まれても、やっぱり可愛い奴です。

 彼には発達の遅れがあります。それは、先天性のものなのか、環境のせいなのかは不明です。そのことで自分の思いがうまく言葉にできず、今まで辛い思いをしてきたかもしれません。本当は、何かほかに言いたいことがあったけど、ずっと我慢をしてきたのかもしれません。しかし、それも彼にしかわからないのです。彼のコミュニケーションが少し周りと違うなら、それに合わせた目線に立つことで、「どうしたら彼の育ちにとって最善なんだろう。」と、それをいつも考えています。コミュニケーションをとることが、社会性を身につけ、また情緒を安定させるんだということを彼が自分の人生をかけて教えてくれている気がしています。「伝える」という行為がどれほど大切で、また言葉の持つ力がどれほど大きな影響を与えるのか、大人の私たちは本当に考えなければいけないと思います。

 「子育て中のママ、イライラ順調よ〜」でおなじみの私の大好きな子育てアドバイザーK先生は、「子どもは大人の真似をして育つ。私たちにできることは、子どもに生き方を教えてあげることなんですよ。」と言われていました。私は、私の生き方を息子や甥っ子、この子たちと関わる全ての子どもたちに伝えていきたいと思っています。しかし、ズボラな私はむしろ「伝える」ことしかできないのかもしれません。ズボラでも丁寧に伝えていきたいものですね。「息子や甥っ子が全身全霊をかけて発している言葉を、そしてその言葉には力があることを、その力は人の心を動かすということを」私なりの生き方を通して伝えていけるようにしていきたいものです。

田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 09:54 | コメント (0)

2013年03月22日

第7話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜アレルギー編〜

 寒い冬がそろそろ終わりを告げ、近所の桜も少しずつ咲いてきました。春です。mameです。ご無沙汰です♪残り2回、気を引きしめて頑張ります。
 さて、私は、子どもの頃から年中アレルギー性鼻炎なのですが、この時期は花粉が大敵です。そんな私から生まれた息子もきっと何かしらのアレルギーの持ち主だろうと覚悟を決めて検査を受けたところ、卵アレルギー(卵白)でした。やっぱり・・・。数値は低いものの、私が食べたものがそのままおっぱいになるので、1歳になるまでは私も卵を断ち、俗に言う完全除去をしました。すると彼の肌はつるつるすべすべに。とはいうものの、この世の中、卵が入っている食品の多いこと多いこと!そして、卵の入っているお菓子に限って美味しいこと美味しいこと!!私たちは卵の恩恵をすこぶる受けていたんだと実感しています。
 検査を受けて半年以上たち、1歳も過ぎて、「そろそろ私も卵を食べてもいいかな〜。」なんて思い、たまに食べても息子は湿疹も何もでなかったので、「お!だいぶ軽くなったかな、近い将来少しずつ卵黄から試すのもありかな。」なんて前向きに考えていました。
 そんなある日、いつものように息子と台所に立ち、今日は何の手伝いをしてもらおうかな〜と考えながら、一緒に卵を溶いていました。「口に入らなければ大丈夫だろうし、手についたら洗えばいい」と思い、じゃかじゃかじゃかじゃかしていたら、まぁ案の定、手を突っ込みだしたので手伝い終了。即座に手を洗い、遊んでいたら、見る見るうちに目や顔が腫れてきました。そう、手を洗ったのにきれいに落ちていなかったのか、手で顔をこすったため、見事にむくんでしまいました。急いで、かかりつけの病院に電話して状況を話すと、「呼吸困難までいかなくて、機嫌も良いのなら、もう少し様子を見てください。どんどんひどくなるなら救急へ。」と言われ、少し落ち着きを取り戻しました。実は、その日は前々回に書いた年末の怪我の嵐だった中日(なかび)と言う事もあり、連日救急に連れて行くのも気が引けていたのです。結局、時間が経つと腫れもひいたので病院にも行かず、卵は再び禁止になったのでした。

田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 09:38 | コメント (0)

2013年02月26日

第6話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜おしゃべり編〜

 現在、息子は「のりもの」に夢中です。おしゃべりもほぼ車の名前。彼のベスト3は、「バス」「救急車」「トラック」。最近、私が住んでいる地域では道路工事が盛んに行われているため、息子が私の車に乗車しているときはノンストップでしゃべり続けます。「とらっく!とらっく!」「ゆんぼ!ゆんぼ!」「あ〜。ばっしゅ〜(バス)」と、常に興奮しております。
 絵本でも、のりものが描かれていようものなら、さあ大変!次のページに進めません。そうはいうものの、以前から「のりもの」に限らずお気に入りのページがあったら進めませんでしたが・・・。絵本に関しては、このページをかれこれ何度読んだだろう…と、うんざりすることさえあります。そんな彼に、昨日『ぶ〜ぶ〜 じどうしゃ』という、いろんなのりものがたくさん載っているあかちゃん絵本を買ってあげました。するとこの本がヒット!「ぶ〜ぶ〜しゃ。ぶ〜ぶ〜しゃ。」と何かと開いてはにんまり一人で楽しみ、「とーたん。ぶ〜ぶ〜しゃ」と言いながらお父さんに「読め」とせがみ、朝は開口一番「ぶ〜ぶ〜しゃっ」と言ってムクっと起きて絵本を見ています。
 こんな感じで、今ではずいぶん息子とコミュニケーションがとれてきましたが、ほんの2〜3か月前は何を言っているのか全く理解できませんでした。ある日、「ごあん ごあん。」と言っていたので、「お腹がへったのね〜。ご飯食べようね〜。」と準備をして椅子に座らせたら、「いや いや〜」と泣き出す始末。どんな声かけをしても、ご飯を大好きなのり巻おにぎりにしても「ちがう、おっと〜」と言い続けます。「おっと」って何?何がいいと?と聞くと、「おっと おっと」と泣きわめき、この世の終わりというような仕草で「ぐて〜っ」と椅子にもたれる息子。私と彼の攻防は30分ほど続きましたが、私が限界に達し、彼の横でご飯を食べ始めました。そして、私がしめの一口にと冷蔵庫から納豆を出してきたとたん、彼の顔がみるみる輝きだし、「おっと♪おっと♪」と言い出したのです。「あぁ、納豆って言いよったんね。早く言ってよ〜。」なんて、つぶやいていましたが、そう言えば最初からそれらしき言葉を言ってたな〜と反省した記憶があります。
 そんな「伝えたいけど伝わらないもどかしさ」、「わかりたいのにわからないもどかしさ」でお互いプチストレスだった日々に比べて、今はなんてスムーズなコミュニケーションができるのでしょう!そして、彼のたどたどしい単語が可愛いなんて思えるのも、きっと束の間のうち。もうすぐ魔のイヤイヤ期に突入していくのでしょう。ああ恐ろしや・・・・。

田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 12:02 | コメント (1)

2013年02月16日

第5話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜怪我編〜

 再び、登場させていただきます。前回は、全4回で「妊娠」、「出産」、「離乳食」、「遊び」と4つのテーマにしぼりました。我ながら「良い構成じゃん!」と自画自賛しながらコラムを書いてきましたが、意外にも早くお声がかかりコラム再登板となりました。今回のネタ構成はどうしようかと悩んでいるmameです。
 というわけで、いきなりですが、みなさん、どの程度の怪我で子どもを病院に連れて行きますか?我が家の最近の悩みは、「この怪我は病院に連れていくべきか」ということです。子どもが動き始めてからというもの怪我が絶えません。ほとんどは様子を見ることで事なきを得ていますが、「多少の流血、打ち身では、動じなくなった自分が良いのか悪いのか。」というところです(苦笑)。
 最近の記録では、一週間怪我をしっぱなしという事もありました。青あざ、おでこにたんこぶがほとんどですが、椅子から転落し頭から地面に落ちた時は、さすがに病院へ。しかも、その日は年末の真っただ中。どこの病院も休診日だったので、やむなく車で40分ほどかかる救急病院へ。渋滞にイライラし、大丈夫かなと不安いっぱいの私の横で、「うぃ〜〜〜〜。まんま イエ〜♪」と、歌い出した息子。「最初はどうしちゃったのこの子は?」とも不審に思いましたが、歌う元気があるから心配なさそうだと安心しつつ、一応、病院で診察してもらいました。もちろん、お医者様から「これくらいは軽傷です。処置もありませんね〜。」と言われ、救急に駆け込んだ恥ずかしさだけがただただ残りました。かなり大きな音がして頭を打ったのに軽傷だったので、そんなに病院に行かなくても大丈夫なのかしらって思ってしまいました。皆さんはどうですか?
 そんな、ドタバタな日々を近くで見ている友人に「あれ?ほっぺたの青あざ先週は逆側だったよね?おでこのたんこぶにそれぞれ日付書きたいね〜。」と言わせるくらい、息子は彼女にまともな容姿を見せていません。可愛いお顔なのに・・・。

田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 10:30 | コメント (1)

2012年12月05日

第4話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜遊び編〜

毎度、更新が遅れつつ、最終回にして大きく後れをとりましたmameです。センターのO先生もきっとヤキモキしてたのでは・・・すみません。
さて、そんなズボラな私でも、子育てで続けていこうと思っていることがあります。もちろん家事は二の次!(ごめんよ。旦那さま)
それは、外遊びと絵本。彼が寝返りを始めだした5ヶ月頃、家の中で一方向にころころ転がっては壁にぶつかり、叫びながら私を呼ぶ。そして、私は抱っこして、また床にコロンと寝せて、彼がまた転がり、私を呼ぶ。もはや、エンドレス。家の中のものはどんどん上に置かれ、掃除しても片付いたのか分からない状態で、これはダメだ!気が滅入る・・・。と外に出かけるようになりました。支援センターや、子育てサロン、いろんなところに出向いては、彼を転がせていました。彼も、場所を変えると刺激を受けるのかよく遊び、相変わらずよく寝ました。

8か月頃には、つたい歩きをし始めだしたので、思い切ってプレーパーク(外遊び)へ。
すると、砂や草まみれになりながらハイハイしたり、泥をかぶったりと、わんぱくぶりを発揮してくれました。失敗しながらも繰り返し同じことをして楽しそうに遊ぶ我が子。何がそんなに楽しいのかわかりませんが、彼なりの遊びを見ていると、いろいろな発見もあり、外遊びは私の子育てには欠かせないものだ。と実感しました。今では、毎月2回、田川でプレーパークを開催できるようになりました。冬空の中、大人は寒さに耐え、子どもは元気に遊びます。それでいいのです。

そして、もうひとつは絵本。読書は、私の趣味でもありますが、息子と家でまったり過ごす朝や夜は、絵本が最適なコミュニケーションツールだと思っています。息子はふと思い出したかのように絵本を持ってきては「んー。んー。」と差し出し、主人や私の前にちょこんと座るしぐさや、ひいき目に見ても髪が多いとは言えない息子の後頭部の生え際などを見ながら絵本を読んでいると愛おしくなります。

あっという間に、過ぎていく時間。息子から「母ちゃんはついてこんでいいよ」って言われるまであと何年だろう?そんなことを考えながら、今は遊べるだけ遊ぼう。と、思える私は恵まれています。そんな私をサポートしてくれる主人や身近にいる人たち、そして、そんな私に全身で思いをぶつけてくれ、親として育ててくれる息子に感謝しながら、毎日を過ごしていきたいです。
田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 09:49 | コメント (1)

2012年11月06日

第3話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜離乳食編〜

  息子が生まれてからは、おっぱい→おむつ→ねんねの繰り返しであっという間に一日が過ぎていきました。「家事なんてとんでもない!」日もあれば、「今日は協力的なのね。」という日もあり、私の思うようなペースで進まない毎日。何もできない時は割り切って、「今日は何もしない日」と自分に言いきかせ、四六時中、息子を眺めていました。しかし、うちは、悲しいかな親と同居しているわけではないし、家政婦さんがいるわけでもないので、何もしなければご飯も出てきません。おっぱいをやればやるだけお腹は減るので、とりあえず腹もちがいいように毎日玄米を大量に焚き、粗食ですが一日6食ほど腹いっぱい食べられることに感謝しながら日々を送りました。息子が4、5カ月頃、私が食べているところをじ〜っと見つめ、よだれを出していましたが、離乳食という未知の世界に足を踏み入れることを恐れた私は、「まだまだ君には早い」とつぶやきながら、息子の食べてみたいよのサインを先延ばしにしていました(苦笑)。

  これはやばいと息子も体で悟ったのか6か月頃、歯が生え始めてしまったので離乳食を開始しました。夜な夜なお粥や野菜ペーストを作っては冷凍し、なくなってはまた作り置きをし、どれだけ近代家電に恩恵を受けたか言うまでもありません。それでも、ゆっくりゆっくりと彼の離乳食を進めていきました。しかし、徐々にステップをあげていっても、息子はあまり食べる方ではないようです。私の意気込みもだんだん尻すぼんでいた頃、事件は起きました。9〜10カ月頃、いつもながら小食ではあるものの夕食をすませ、お風呂も入り、絵本かごろごろ遊びかの時間帯なのに息子がいない。しかも、いつもうるさいくらい喋っているのに静かなので「おかしいな〜」と思いながら人の気配のする方へ・・・・すると
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食べておりました。電源は切っていたものの、余熱で熱かったであろうに、
それにもめげずそれはそれはおいしそうにパクパクと。この事件を機に、彼のご飯はお粥さんじゃなくなりました。

  今でも、おっぱいが主であまり食べる方ではありませんが、麺やパン、パスタなど試してみるもののかたくなに拒否。お米が大好きです。              
田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 10:43 | コメント (1)

2012年10月24日

第2話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜出産編〜

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妊娠7カ月の頃、切迫早産の恐れがあり、総合病院への通院を余儀なくされました。病院に行くたびに、「検診の時はいつでも入院できる準備をしてきてください。」と言われ、よくわからないままお腹に機械を付けられ、状況がおもわしくない時は点滴をうたれ、不安だらけの数カ月でした。しかも、絶対安静(涙)。病院嫌いな私が毎週よくめげずに通ったなぁと思います。以前の私なら、途中で「もういっかな〜」と、通院しなくなるのがオチですが、命を宿すと人って変わるものですね。
色々ありながらも、臨月を迎え、担当医から「どうする?助産院に戻る?ここで産む?」と聞かれた時は、語尾にかぶせるようにして「帰ります。」と即答したら「そんなに嫌だった?」と笑われました。ともあれ、つらい地獄の通院生活に終わりを告げ、晴れて助産院で出産を迎えるのでありました。臨月に入ってからは、「とにかくどんどん動いて!どんどん歩いて!」と、今までの絶対安静状態はなんだったのだろう?と思うくらい動きました。
 ある日、いつものように主人と一緒に歩いていて、いつもの腹痛に襲われました。「便秘だからかしら?」と思っていたら、痛みはひかず、むしろ定期的に痛みだすようになって、夜中に「もしや?」と、助産師さんに電話したら「あぁ、陣痛ですね〜。でも、先が長いから10〜15分間隔になったら来てね。その他何でもいいから連絡はすぐにしてね。」って、感じでした。とりあえず、時折到来する陣痛の間隔だけ記録しながら夜を明かし、明け方頃、ぼちぼち起こしても良かろうかと主人を起こし、車で40分かけて助産院へ。助産師さんは既に待機してくれていました。状況を見て、「子宮口は開いているけど、初産だし時間がかかるよ。どうする?帰ってもいいし、ここにいてもいいよ。」との言葉に「帰ります。」と即答した私。主人も「え?帰るの?」ギョッとしていましたが、動いていた方が気がまぎれるからと、ドライブ気分でまた家に帰りました。
 家で痛みに耐えること8時間。重い腰をあげて助産院へ。本格的な出産モードに入りました。助産院の出産は基本フリースタイルです。畳の部屋にお布団が敷いてあり、間接照明の薄明かりの中、心地よい音楽が流れていました。常に助産師さんが傍にいてくれ、陣痛が来ると腰を撫でてくれたり、話しかけてくれたので緊張や痛みは和らいだのを覚えています。痛みがない時は部屋の中をうろうろしたり、お灸をしたり。とにかく、自由に過ごしていました。出産中、一番忘れられないのは、陣痛に耐え、かなり苦しみの声をあげていたのにもかかわらず、立ち会っていた主人は癒しの空間に負けて横でいびきをかきながら寝てしまったこと・・・・助産師さんがそっとタオルケットをかけて下さいました。「なんなんだ?」と思ったのは、言うまでもありません。1時間くらいで起きましたが、きっと、このことは一生語り継がれることでしょう。世の中の殿方さま、くれぐれも立ち会い中は横で寝ないでくださいね。
 こうして、私は無事に男の子を出産しました。出産の瞬間はとても気持ちよくて、そのまま赤ちゃんを抱っこしたとき、本当に温かくて、可愛くて、愛おしくて・・・思い出すだけでも幸せで出産だけなら何度もしたいな。

田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 11:26 | コメント (1)

2012年10月12日

第1話 目指せ!ズボラ母ちゃん〜妊娠編〜

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朝晩がめっきり寒くなりました。もう秋ですね。私が住んでいる田川市はそれなりに寒いです。(社教センターほどでもないですけど・・・)

さて、はじめまして。突然、子育てコラムの話が舞い込んできました、1歳の怪獣男子を持つ母です。

息子が生まれてから今日まで、毎日がてんやわんやで、思い返すと本当にあっという間の1年でして、子育てネタがあんまりナイような・・・・。

一応、初めての子育てですので、育児日記でもつけようかと思い、ペンをとったものの出産後、1カ月くらいで止まっていたので、記憶を絞り出しながらのコラムになります。1カ月間どうぞよろしくお願いします。

今回はそんな面倒くさがりやな私の、妊娠〜出産についてお話しましょう。

私の場合、病院で出産するイメージができなくて助産院を選びました。もともと、子育てでこれがしたいと心に決めたことがあり、それが生まれてすぐに出来て、且つ、生まれてからも子どもと私の成長を見守ってくれる助産院を探しました。心に決めたといっても大したことではなく、1つ目は、母乳育児。

これには、理由がありまして・・・現在5歳になる甥っ子が生まれてすぐのこと、甥っ子は、ずっと実家にいました。ある晩のこと、彼が泣いていたので様子を見に1階に降りると、母(甥っ子にとっては婆ちゃん)が暗闇の中、ぼっさぼさの髪で、目をつむったままミルクを作っていました。それはそれは山姥(やまんば)のようでした。おぉ、こわこわ。

それを機に、おっぱいの方がすぐにやれるから絶対に楽だ!!と思い、臨月に入った時、助産師さんに習って、お風呂でよくおっぱいマッサージしました。あぁ、懐かしい。

2つ目は、布おむつ。

ここで、まぁ、大変そう!!って思われるかもしれませんが、紙おむつを買いに行く手間などを考えてください。化粧して、着替えて、子どもを着替えさせて、チャイルドシートに乗せて。。。。なんて考えていたらもうげんなりしてきます。だったら、洗濯はちょっと手間だけど、干した時にはそれなりの達成感はありますし、日光にあたって白さが際立っていると「あぁ、私って子育てしている」なんて、ちょっと浸ったりもできます。離乳食が始まった時のウ○チ処理がちょっと大変ですけど・・・

3つ目は、育児書を見ない。

妊娠時期、何かと気になる育児書。基本的に何でも知りたい性格の私は、何を最初に揃えたらいいか、助産師さんに相談しました。(だって、育児書で出産前に揃えておくものを調べたらキリがないんだもの)すると、助産師さんが「本当に必要なものは、肌着などの服とおむつを除いたら、赤ちゃん用の爪切りと綿棒だけでいいよ」と言われ、変に私を惑わす育児書は見ないと決めました。

そんな感じで、自分の都合の良いように妊娠時期をすごしてきました。ストレスもなく、適度に運動もし、順風満帆と思っていたら、いきなり妊娠7カ月目で「切迫早産の恐れあり。」の診断が!!おっと、意外とだらだら書きすぎて出産までいけない!?というわけで、果たして、私の運命やいかに

次回へ続く・・・

田川地区子育てネットワーク『たんたん』/子育て市民活動サポートwill (mame)

投稿者 Kosodate : 11:53 | コメント (0)

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