原 陽一郎 先生

第6回 「メディア」との新しい関係のために

平成18年10月1日

子どもたちがメディアと「主体的に」関われるようになるために、「メディア」との付き合い方を以下のように提起します。

生活の「主体者」となる
早起き早寝を優先する
早起き早寝は、今や努力しないと困難になってきています。その原因の1つとして、「メディア」が情報を常に発信しているので、受け取る側の私たちが受動的になりやすいことがあげらます。このような状態を1日も早く改善して、生活の主体性を取り戻すことが大切です。

「食事中はテレビをつけない」
家庭内でのコミュニケーションの機会を確保する上でも、これはすぐにでも取り組みましょう。

「テレビを見るなら1日1時間未満にしよう」
視聴時間が1時間を超すと、学校で勉強したことが無駄になるのではないか?このようなことが教育現場の声としてあります。
まずは、見たいテレビ番組が終わったら消すことによって、ON-OFFに対する主体性を生み出すことが大切です。その上で、見たい番組とは何かを考えることによって番組を選択する能力を育てましょう。

「テレビゲームはやる日を決めよう」
テレビゲームは、感覚的にですが、2時間位はやらないと終わらないという声をよく聞きます。ですから、毎日30分以内などの制約は、かえって欲求不満を長引かせ、ゲームへの執着が起こるとも考えられます。そこで、休みの日などに徹底してやっていい日を決めることも良いのかも知れません。でも、その後に身体全体を使って遊ぶなど、影響を出来るだけ最小限に食い止めるような取り組みも大切でしょう。

「週に1日、1年に1週間はメディアにふれない時をつくろう」
中毒になっているときは、そのことがわかりません。そこで、「メディア」中毒にならないためにも、そして、生活における「メディア」の影響に気づくためにも、ノーテレビデーといった取り組みを行うことは、非常に有効です。このやり方に関しては、NPO「子どもとメディア」がプログラムをもっていますので、問い合わせてみてください。

メディアと対等な関係を築くために
インターネットへの接続はおとなが責任を持つ
「表現の自由」は守られるべきことでしょう。だからこそ、子どもの能力に合わせた接し方を検討すべきだと思います。

「子ども向け」とは何かを考える 「子ども向け」テレビ番組は、子どもがテレビを見続けるような工夫が数多くなされています。だからこそ、「何をみせるべきか」を検討しましょう。

「遊び」を提供する
「メディア」から離れればそれでよいということではありません。いろいろな人たちと手を結んで、子どもたちに豊かな遊び環境を提供する取り組みを考えてみましょう。

 

第5回 メディアとの付き合い方を考える

平成18年9月3日

このように、「メディア」は私たちが悩んでいる様々な問題と関係しているように感じられます。しかし、「メディア」は私たちの生活を豊かにしてくれる面ももちろんあります。ですから、上手につきあっていくことが大切になります。

■メディア・リテラシー
「メディア・リテラシー」というのは、「メディア」の読み取り方という意味があります。ここでは、菅谷明子 「メディア・リテラシー―世界の現場から」(岩波新書 2000)がわかりやすく説明していると思いますので、紹介しておきます。

『機器の操作能力に限らず、メディアの特性や社会的な意味を理解し、メディアが送り出す情報を「構成されたもの」として建設的に「批判」するとともに、自らの考えなどをメディアを使って表現し、社会に向けて効果的にコミュニケーションをはかることでメディア社会とつきあうための総合的な能力。』

ここでメディアとは、電子情報メディアに限らず、新聞や雑誌なども含めた情報媒体全てを指しています。私たちは、これら情報媒体が発信する情報を、無批判に受け入れてしまう傾向があるのではないでしょうか。しかし、これらの情報は、その発信者の意図によって変質されていることも多いのです。例えば、過去においてはヒットラーの演説や大本営発表がありますし、1990年の湾岸戦争の時の油まみれの水鳥の画像も情報をアメリカ合衆国政府の都合の良いように歪曲して世界に再発信したことが明らかになっています。また、アメリカ合衆国の大統領選挙では広告代理店が選挙に深く関わっていることは広く知られていることですし、2005年に行われた衆議院議員選挙でもその手腕を発揮し、スーツの色から、ジェスチャー、背景の色まで検討されて、発信されていました。
このように、メディアの出す様々な情報を無批判に受け入れてしまうと、メディアに踊らされることになりかねません。そこで、「建設的な批判(critical thinking)」が出来ることが求められています。そのためには、私たちが「主体者」として積極的に関わることが必要です。

■インターネットへの接続はおとなが責任を持つ
インターネットでは、様々な情報が、匿名の状態で発信されています。ですから、表現の自由ではすまされないような、性的なもの、グロテスクなもの、ブラックユーモアが容易に手に入る状態にあります。
この点に関し、おとなは、その人のもつ価値観の基でそれらの情報に接していますから、その嗜好に対し異論を唱えるつもりはありません。事実、アダルトビデオの普及によって性犯罪が減少しているともいわれていますし、社会的に認められないような欲求を社会的に認められるように解消するうえで、何らかの役割を果たしていると考えられなくはありません。

■子どもの価値観、判断力は未熟です。
男子中学生が同級生の女の子たちを叩くので、スクールカウンセラーが対応したところ、アダルトビデオでの表現から女性は叩かれると喜ぶものだと思っていたという事例を聞いたことがあります。また、幼児期の女の子が、他の女の子の足の親指をくわえたりなめたりしながら、「もういいの」といっていたので調べてみたところ、家庭でアダルトビデオが流されていたということもありました。
価値観や判断力が定まっていない子どもたちが、容易に性的なものやグロテスクなもの、ブラックユーモアに接することは危険です。このことをきちんと理解した上で、子どもの判断力を見極めながらインターネットとふれさせることが大切であると考えています。

 

第4回 テレビ番組やゲームソフトの内容の問題

平成18年8月1日

■「暴力的なテレビ番組を見る子どもは、暴力的な大人に育つ傾向がある」?

カール・セーガンという研究者は、その著書の中でこう述べています。
   暴力的なテレビ番組を見る子どもは暴力的な大人に育つ傾向がある」と言う意見がある。しかし、テレビ番組が暴力を引き起こしているのだろうか、それとも暴力的な子どもが暴力的な番組を好むのだろうか?

 この点に関しては、現在でも意見が分かれています。よく、子どもが暴力的な事件を引き起こすと、すぐテレビやテレビゲームとの関連を疑われますが、科学的には、この因果関係は認められているとはいえません。
 
 しかし…
   土曜の朝の子ども番組には、平均して1時間に25回の暴力シーンがあるのだ(米国の事例)。どんなに影響を少なく見積もっても、これだけの暴力シーンを見せれば、攻撃性や無差別な残虐行為に対する幼い子どもたちの感性はすり減ってしまうだろう。おとなのなかでも感受性の強い人は、虚偽の記憶を脳に埋め込まれることがあるのだ。だとすれば、小学校に上がる前に十万回もの暴力シーンにさらされた子どもたちは、何を心に埋め込まれるだろうか。

 ここで「暴力」というと、何か残虐なものだと考えてしまいがちですが、「ポケモン」を見た後でも、子どもたちのケンカが多くなったということが報告されています。ですから、おとなは「暴力」とは思っていなくても、子どもたちにとっては「暴力」的シーンとして影響する可能性があります。
 
 また、テレビが悪いというのは科学的ではないと言う声もよく聞かれます。少なくとも、私たち親の世代も、ずいぶんテレビを見てきました。しかし、私たち親の世代が育った環境と今とを比べると、子育て・子育ちの環境は悪化してきていいます。「四間」の喪失という言葉があります。遊ぶ「時間」がなくなっている、「空間(遊び場)」がなくなっている、「仲間(子どもたち)」がいなくなっている、そして、「間」、いわゆるゆとりがなくなっている。このように、子どもたちは実体験をする場を失っているので、テレビ・ビデオ・テレビゲームなどの仮想空間と現実空間とを明確に区別することができにくくなってしまっていると考えられ、だからこそ「質」が大きく影響するのではないでしょうか。
 
 先ほどの「ポケモン」をみせた子どもたちが、科学番組である「サンゴの産卵」のシーンをみせたあとは、たのしそうな遊びを展開したそうです。ですから、何をみせるかというのは本当に大切な問題です。

 

第3回 テレビを見せるなら考えて

平成18年6月28日

■テレビ・ビデオ・テレビゲームを見る長さの問題(量の問題)
子どもたちのメディア生活実態及び自己意識に関する調査 (2001)
「メディア接触が子どもの心身の発達に与える影響」に関する実態調査(2002)
子どものメディア接触と心身の発達に関わる調査・研究(2003)から

□テレビを1日2時間以上見ている子どもは…(保育者が園での様子をみての結果から) 
 ・寝付きも寝起きも悪い 
 ・積極的ではない 
 ・何もしないでぼーっとしている
 ・すぐ疲れたという 
 ・自信がなくて不安な様子の子どもが多い 
 ・イライラしている
 ・運動遊びが好きじゃない 
 ・折り合いがつけられない
 ・保育者の手伝いや人の世話をしたがらない 
 ・友達の数が少ない

  こういった子どもが増える傾向が見られます。これは、保育者が園での様子をみての結果ですので、お母さんやお父さんが我が子だけ見ていては気づけないことです。また、一応統計的には2時間のところで差がみられてくるのですが、この傾向は、1日1時間テレビを見ている子どもから現れてきます。

 さて、寝付きも寝起きも悪くなるのはなぜなのでしょうか?テレビは音と光の刺激が強烈ですから、本来睡眠へはいるための準備時間である夕方の時間に、強烈な刺激を受けることによって、眠りに入りにくくなることが考えられます。なかなか眠れないのですから、起きられないのも当然ですね。

  また、人と関係を持つ力にも影響が出ていることがわかりますね。最近では、子どもが少ないうえに、犯罪や事故など、子どもを取り巻く環境が悪くなっていることもあって、仕方なくテレビを見せているという声も聞かれます。でも、この時期は、多くの子どもやおとなとふれあうことによって、人とやりとりをする能力(コミュニケーション能力)がつくのですから、積極的に人と関わる体験が必要です。

  また、食事中にテレビを見ていることとも、これらの問題は関係してきます。おそらく、食事中というのは家族がそろっていろいろな話ができやすい場であるにもかかわらず、これが失われることが大きな問題となっているのではないかと考えられます。さらに、食事中もテレビをつけているということは、寝る時間、遊ぶ時間、食べる時間の区別といった、生活全体のメリハリのなさを表現しているのかもしれません。

 

第2回 やりとり(コミュニケーション)の基礎は食事中につくられる

平成18年6月1日

授乳の時間はやりとり(コミュニケーション)の基礎

 赤ちゃんは、人間もサルも、鼻がつまっていない限り、おっぱいを飲むときは、苦しくなったりしないような、のどの構造になっています。ですから、サルの赤ちゃんは一気におなかいっぱいになるまで飲んで、プイッと乳首から離れます。
 でも、人間の赤ちゃんは、おっぱいを飲むとき、途中でやめますよね?そして、こちらが、「おなかいっぱいになったの?」とか「まだあるよ?」とか声をかけるとまた飲みはじめますよね。実は、人間の赤ちゃんは、お母さんが何か言ってくれるのを待っているのです。赤ちゃんがおっぱいを飲むのをやめる→お母さんが声をかける→おっぱいを飲み出すという、やりとり、つまりコミュニケーションの基礎がここにあるのです。


授乳中、食事中はテレビを消す、携帯電話から離れる

 もし、このときにテレビがついていたらどうなるでしょう。また、メールをしていたらどうなるでしょう。
 お母さんはテレビやメールの画面に気を取られていて、赤ちゃんがおっぱいを飲むのをやめたのに気づかないか、気づいてもぞんざいな反応しかしないことになりますよね?これが続くと、赤ちゃんはお母さんに気づいてもらえないので、働きかけをしなくなるのです。そうするとお母さんはさらに赤ちゃんに気を配らなくなる。これでは、「やりとりの力(コミュニケーション能力)」はつきませんよね。
 これは、幼児期以降に、食事中にテレビがついている場合にも、同じようなことがいえます。保育者が園で問題があると感じている子どもは、食事中にテレビがついていることが多いのです。これは、家庭の中では特に食事中が会話をする大切な機会だからだと考えられます。
 まずは、授乳中や食事中はテレビを消す、携帯電話から離れて、子どもさんと楽しくお話をする時間にしましょう。

子どもとメディアの「新しい関係」を考える 第1回「人とうまく関われない子どもたちが増えている?」

平成18年4月29日

最近、人とうまく関われない子どもたちが増えてきていると言われています。

具体的には…

   ●名前を呼んでも振り向かない
   ●視線が合わない
   ●いっときもじっとしていない
   ●表情がない
   ●言葉が遅い
   ●テレビを消すといやがる

 このような特徴があります。このような子どもに出会うと、少し知識のある人は、「あれ?自閉症なのかな?」と考えるかと思います。確かに、自閉症の子どもさんたちは、その乳幼児期を調べるとこのような特徴があると言われます。

 でも…

「メディア漬け」に関するチェック項目
   ●乳児期からテレビやビデオを積極的に見せていた(テレビに子守りをさせていた)。
   ●朝から晩までほとんどテレビをつけっぱなしの生活をしている。
   ●授乳中にテレビをつけていた・食事中にテレビをつけている。
   ●子どもが早期教育や子ども番組のビデオにはまっている。
   ●両親ともそろってテレビ好き。

 このような「メディア漬け」となっている場合は注意しないといけません。

 自閉症は脳の何らかの機能不全によって生じる発達障害であると考えられていますので、親の育て方に問題があるのではありません。愛情が足りないと自閉症になるというような意見は完全に誤りです。ですから、テレビを見せ続けたから自閉症になると言うことは考えられません。

 でも、自閉症に似たような特徴があるにもかかわらず、テレビ・ビデオの視聴を一切しないようにするだけで、数ヶ月で言葉が出るようになった子どもさんもいるのです。これは、乳児期からの「メディア漬け」がコミュニケーション能力を育てるじゃまをしたからではないかと考えられます。

 なぜ、このような問題が起こるのでしょうか?それは、この時期がコミュニケーション能力の基礎作りにおいてもっとも重要な時期だからです。