ふくおか子育てパーク

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2006年12月26日

「良妻賢母は難しい」

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メリークリスマス☆サンタさんありがとうございます(*^o^*)

うちの子はサンタさんからのプレゼントに大喜び☆「イイ子にしちょかなサンタさん来てくれんくなるば〜い(~o~)」の魔法の言葉がクリスマスを境に「イイコにしちょかなサンタさんオモチャ取りにくるよ〜」に変わったのはうちだけかな( ^_^)/

私がクリスマスに貰ったのは子供たちの笑顔と旦那からのダメ出し。 クリスマスなのにこっぴどく言われた。 「お前の子育ては甘やかしすぎ」と。その他諸々‥グサグサと言われた。 とても凹んでしまった為書きかけのコラムも消してしまった‥
子育てに対して意見は合わないけど、私もパパも結局は同じ気持ち。子供を愛していて子供の幸せを願っている。それだけだ。

子育てに関して夫婦でバッチリ意見が合う事が殆んどない。
私は子育てに必死だった。雑誌とか見ても〈わぁ〜同じ月齢の子、もぅこんなことできるってぇ!!うちまだまだやしっ(>_<)〉て凹んでは悩んでた。 子育てサークルに行くようになり生の母親達の話しを聞いてたくさん安心させられずいぶん子育てに対する心の余裕ができた。 私にはとてもプラスになった。 でも旦那にはそぅでもなかっただろう。 人の話しを聞いては「ねぇ〇〇さんとこのご主人お皿洗ったりしてくれるんちばい」「お風呂はパパが入れよんちばい」 ってパパ比較をしてしまってた。
うちのパパは一般的にゆう「なにもしないパパ」
結婚前からわかってはいたけど、多少は期待していた自分がいた。
結婚1年、ケンカばっかだった。
私は〈良きパパ〉でない旦那に、旦那は〈愚痴っぽく良き妻でない〉私に叱咤しまくりだった。
そんな毎日を変えたのが上の子断乳の時の大喧嘩。
断乳は2人目欲しく私が無理矢理決行した‥ 旦那は猛反対。 その大喧嘩の末得たモノは大きかった。
旦那の気持ち(?)がわかった。

それまで何もしてくれないパパにイライラしてたし「愛してないんか〜」 なんて思ってたけど それは違ってた。 子育てに必死になるあまり旦那の事に関しては表面しかみてなかったんだ‥ って
パパは愛情表現が下手くそだ。(昔からそぅだった) 我が子に対してさえ上手くわからないらしい。 それに、子供ってどうしてもママになついてしまう。 そんな事にかなり嫉妬していたみたい。
私は私だけ必死になってるつもりでいた自分を恥ずかしく思った。 パパは上手く子供と接することができない分毎日仕事を頑張ってくれてた。 2か月に1度休みがあるくらいで本当に毎日働いてくれた。 私は休んでくれないことにムカついてたことも反省した。 (正直お金なかったから仕方ないとは思ってたけど)
それからは旦那を心から受け入れれた。(っ遅い?!)

「男女共同参画時代に‥」 なんてよく言われるけど うちのパパは未だにチビ達をお風呂に入れたことも10回もない。オムツを替えてくれた事も10回もないだろう。(布オムツだったから余計嫌がってたし^_^;) ベビーカーの開き方も知らないし、チャイルドシートの乗せ方も絶対しらない。
‥そんなパパを否定するのは辞めた。 うちはそれでいい☆ パパはそぉゆう人なんだ(^-^) なにもしないのは私を信じてくれてるからだろう♪ 愛がないわけじゃない。それが我が家の形なんだ。

そう思えるようになった事で子供に対しても旦那に対しても笑顔が増えたと思う。
そんなある日 「お前はイイ母親やね。俺はイイ旦那でもないしイイ父親でもないね‥ごめん‥いつか俺と結婚してよかったと思わせちゃあき。今は仕事がんばりたいき。お互い無理せず今頑張れる事をがんばろ」と言われた‥‥なんか嬉しかった(^_^) っっごめんね‥私もイイ妻じゃなくて‥‥‥

イイ妻になるのって子育てより難しい(*_*)夫婦仲良くって難しい‥
なんだかんだ言っても今もケンカはする。
パパ今は職場が遠いので、うちから2時間くらいかかる職場の近くにアパートを借りている。家には月に3回くらいしか帰ってこれないくらい仕事が忙しい(*_*)
ありがとうねパパ。私たちの為にいっぱい働いてくれて。
パパはあまり子供をみれないから私はいっぱい写真やビデオを撮る。 私にしか見せてくれない子供も表情をパパにもお裾分け☆
パパの仕事の頑張りに負けないくらい私も子育て頑張りようきV(^-^)V イイ妻じゃない分イイ母親になる!・・それがいつかイイ妻へ近づくポイントだと思う。
私の子育てにいろいろ文句ゆっても「いつも見よらんくせに分からんめぇもんっ!」とか言わん。 パパなんやきもっといろいろ言っていいよ。 気持ちは同じ☆ 子供幸せにしよ(o^∀^o)

今まで何に対してもそぅだった、 共感できないことは受け入れれない。 ‥間違ってた‥
共感できなくても理解してあげることはできる。

チビたち・・パパ、あんなキツイことしか言わんけどあなた達のことママ以上に愛してくれちょんよ。。。。(*^_^*)

(筑豊子育てネットワーク「かてて!」 ちびママ)

投稿者 Kosodate : 10:19 | コメント (2)

2006年12月15日

「選ばれし自分」

「子どもは親を選べない」- たまに聞く.
・・っいや、自分が昔よく思ってた。

妊娠がわかった時、なぜか当然の如く
「この子は私たちを親に選んできてくれたんだ☆」って思った。
<子どもは親を選んでくれてる>きっとそうなんだと思った。
そう思ったからかなんかよくわからないけど、私は頑張れた。

生活基盤‥そんなの全く備わってなかった。お金もなかった(_ _)でも大切なのは これからどぅ変わるか だと思う。 威張るわけじゃないけど本当に私は、それまでと妊娠してから180℃変わった。
<若いママだからってバカにされたくない!>そんな気持ちが大きかった。(今でもだけど(^_^;)
たくさんの育児本を読んだ。胎教にイイといわれるものもたくさんした。
でも母親学級とかに参加すると他のみんなの目は冷たい。 輪に入れない、「なんだこのヤンママは(-.-)」的な視線(とゆうより目を反らされる)
それでもガツガツ質問したり話しかけたりした。 <若い子は元気だなぁ> て思われただろう。
若くても同じようにつわりはある‥ 若いとか元気とかじゃなく、とにかく私は必死だった‥
なんだかんだで自分自身 <18才>(妊娠当初は17)てことに引け目のようなものをかんじてた。
子どものために、子どものために。 なんて表面で思っても 内心 母親になることを決断した自分が不完全であることを克服したかったんだと思う。

慣れないことばかりでストレスがたまってしまう。先の事を考えると不安で泣きそうになる。
‥お腹に手を当ててみる。
ドクんドクん・・・・ 私の中に 私をママに選んできてくれた赤ちゃんがいる☆
私を、じゃない、私達を。 そう考えると仲の悪いいつもケンカばっかだった私達夫婦は頑張れた。 「ぜったいやっていける!」「どこの子にも負けんくらいの笑顔満点の子にしていこうや(^-^)」
「うちらが親でよかったって言ってもらおうぜ☆」

今なら思う〈私は、父と母を選んで出てきたんだ。ありがとう〉


(筑豊子育てネットワーク「かてて!」 ちびママ)

投稿者 Kosodate : 16:39 | コメント (6)

2006年12月03日

「私ママへ。そして母へ」

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 「あぁ、もぅ私母親なってぇ〜」なんて改めて考えてしまぅ時間すらないほど子供まみれの生活をしている飯塚在住-ちびママ-です☆

 軽く自己紹介します。 長男2才9ヶ月、長女1才3ヶ月、 私21才。いろんな意味でチビです""
「若〜いっ!」て言われるのにも慣れてしまったのか自分には若い意識はありません^^;
 私がママになったのは18才。高校卒業前でした。‥‥ 「えぇ〜?!」とヒイた人が多いだろぅと思います。最近、ドラマでも14才なんてビックリするようなのがあってるので-若いママ-ってのに興味を持ってもらえたらなぁ〜♪ なんて思ってます(^_^)

 妊娠した時、みんな母親、父親になる決意をしたと思う。「うまく出産できるかなぁ、陣痛耐えれるんかなぁ」などを含め、かなりの決心をしたと思う。 私も同じ。 でも私の場合はまず、妊娠した ということを報告することから(もしくは妊娠の事実を認めるところから)かなりの決心が必要だった。不安でいっぱいだった。‥私は大学も遊びもオシャレも全てをパスしてママになる決意をした。妊娠したことを周りに話しても「おめでと〜!パチパチ☆」なんてドラマみたいな言葉はもちろん誰からも言われなかった‥「子供が子供を!」何回言われたかなぁ;(---このへんを話すとかなり長くなるので省略;)

 私は子供だった。それが突然大人にならなくちゃいけなかった。段階踏む暇なく。いろんな現実、自分の弱さ、、泣いてばっかだった。お腹に小さな命があるのに‥ でもそれだけで本当に幸せだった☆

 出産☆とうとう私からベビーが出てきた。 ドラマみたいに出てきた瞬間感動泣きするのかなぁ〜 て出産前は考えてたりもしてたけど、実際は出てきた時は達成感、安心感で 涙の余裕はなかった。 数分後、助産婦さんがベビーを連れてきてくれて初乳をあげた☆ その瞬間、涙が溢れてきた。 痛みもなにもかも忘れクシャクシャな我が子を見つ めていた。その横で旦那が私とベビーを見つめていた。(あぁ懐かしい)

 その瞬間、人生で初めて思った。「産まれてきてよかった、私はこの為に今まで生きてきたんだ。この子の親になるために産まれてきたんだ。お母さん、産んでくれてありがとう」と。 親に本気で感謝した。 今でも 口には出せないけど。

 それまで生きる意味が見付からなかった。中学の時なにもかもが嫌になりグレてしまってた。まず心がグレ、外見も派手に。 心がグレたときすでに私は人生嫌になってて生きてる意味がわからなかった。死にたいとも何度も考えた。

 でも今は全く違う。 なにがあっても死にたくない。 「産まれてきてよかった、お母さんありがとう」たったこれだけなのだが私の人生は180℃変わった。

 うちのチビっ子たちに「産まれてきてよかった」っていぅ気持ちを味わってもらいたい(*^_^*)
その為なら寝る暇なくてもイィ☆ と思いつつ眠たい-ちびママ-でした(笑)

昔話みたいになってしまいましたが12月担当なのでよろしくお願いしますo(^-^)o

(ちびママ 筑豊子育てネットワーク「かてて!」)

投稿者 Kosodate : 15:06 | コメント (14)

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